読めばわかる!必勝勉強法


イチローに学びたい
(ご紹介しているのは、過去の記事です)



前回は、“足下(各自が正しいと思っていること)を疑い、本当に正しいといえるのか、確かめてください”という話をしました。

形而上的な内容を含むため、“わかりにくい”と感じた方があるかも知れません。


そこで、今回は、基礎を学ぶ(疎かにしない)ことの大切さを教えてくれる格好の教材として、イチローを取り上げたいと思います。

小難しい話をするより、わかりやすいのでは、と思うからです。

そのために、イチローの力を借りることにしましょう。




さて、さて、

日本人なら(向こうでも)、知らぬ者はない、イチローです。



そのキャリアと活躍ぶりは華々しく、球史に刻まれる金字塔を打ち立て、ファンを魅了し続けてきました。


そのような存在を、近頃の言葉では、“生きるレジェンド”と呼ぶそうです。

(何のこともないミスさえ取り上げられるのは、滅多には見られぬ珍事だからなのでしょう)


不惑を越したそうですが、なお、若々しく、誰かの代役に、大人しく納まってしまうようには思われず、余人をもって代えがたい存在、希代のプレーヤーであるように見えます。



講座主催者は、イチローの全プレーをこの目で見てきたわけではなく、ご本人のことも、詳しくは存じません。

その活躍を見聞きするのは、朝刊と夕刊とインターネットの記事くらいで、それすら斜め読みにすぎませんが、好奇心ゆえ、この偉大なプレーヤーが発する、時々のコメントに耳を傾けてきました。

(ご存じのように、イチローのコメントは、難解で、本人独特のものであることが知られています)


それらを1つ1つ、記憶しているわけでもありません。

したがって、以降に述べることには、主観も混じっているのだろうと、お考えになって結構です。


わたしのイメージとして定着しているイチロー像(上のソースから作られたもの)について、お話ししてみたいということです。



ご承知のように、ゲームとなれば、スーパープレー連発のイチローですが、恵まれた体つきではありません。

そのイチローが、あれほどのパフォーマンスをいまも披露することができるのは、どうしてなのでしょうか。

わたしたちの知らない、特別な秘訣があるのでしょうか?


わたしが注目するのは、つぎの3点です。
(ベースボールに限って言うのではなく、最高レベルのパフォーマンスを維持し続けている点に関しての考察です(スポーツコメンテーターがどう言っているのかは知りません))


一つは、勝利(頂点、目指すべきもの)を諦めない、一級品のアスリートとしての勝負姿勢です。

また一つは、精神的にも、肉体的にも、技術的にも準備を怠らない、パフォーマーとしての自覚です。

そして、もう一つは、“基本に忠実である”ということです。


他にも、あるかもしれません。



こともなげに、全米注目のビッグプレーをやってのけますが(打って魅せ、走って魅せ、守って魅せる、オールラウンドのスーパープレーヤーです)、イチローほど、基本に忠実な(大切にする)選手はいないように思われます。


自ら先の塁を狙うときも、同じことを試みる相手を殺す(刺す)ときも、余念ない準備に裏打ちされた(シミュレーションどおりの)、思い描いたストーリーを演じているように見えます。


アクロバティックな練習風景を目にすることもありますが、曲芸には見えません。

こと、イチローに関しては、それらもみな、最高パフォーマンスを発揮するための(発揮するのに必要な、欠かすことのできない、大真面目の)基礎練習(ルーティンワーク)であるように見えるのです。



イチローのすごさは、どこからくるのでしょうか?



天与の才に任せているだけなのでしょうか?



上のとおり、そのようには、見えないのです。



“基礎を学ぶ(本当にそれでよいのかを確かめる)ことに関する、飽くなき探求心ゆえ”と考えます。



バットスイング、ベースランニング、ポジショニング、捕球、スローイング、ベンチワーク、戦況を読む目、どれも、最上級ですが、“彼は、いまも求めている”ということが、如実に感じられます。


“騙しだまし”とか、“大過なく”とか、“その場での役割を果たせればいい”などといった、他選手に見られる雰囲気は、微塵も感じさせません。

(“常にOK”というのも、特筆すべきことです。シーズン終了直後に、“いまから、もう1シーズン戦うことに、何ら問題はない”とコメントしたこともあります)


“別のオーラに包まれている”というのが、正確なところでしょう。



数々の偉業を積み上げてきた大選手でありながら、求め続けてやまないプロフェッショナルなその姿勢にこそ、イチローをイチローたらしめているパフォーマンスの根源(礎となるもの)があるように思われるのです。


日々、足下を疑うこと、確かめること、そのことを疎かにしないこと、そして実践していること、習慣としていることが、イチローを支えているように思われてなりません。



われわれは、アスリートではなく、パフォーマーでも、研究者でもない、一実務者ですから、そこまで突き詰めて考えずともよい、ということはその通りでしょう。


しかし、ものを学び、理解するというのは、そうした部分(もっとも肝心なファンダメンタルなところ)に踏み込んでこそ、初めてなしえるものであって、何も疑わない者、鵜呑みにする者(要するに、漫然と過ごす者)が到達できる境地ではない、ということも正しいのでしょう。



イチローから学ぶことは多いと思います。



“レジェンドの真似をしましょう”というのではありません。



その姿には、誰しも学ぶべきことがあり、われわれエンジニアに対しても、教えてくれていることがある、と思うのです。